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2013/5/15 宇和島城

過去の城廻りの記事。



2013年、5月15日。
親戚の法事の帰り、愛媛→大分の国道九四フェリーに乗るついでに宇和島城に行ってきた。

宿毛街道側、つまり三の丸側の登城口からの登城。
平山城であっていい土地に城を作っているなぁ。
IMGP2246_convert_20140605230208.jpg

5月でも、宇和島の日差しは強い。。。汗だくの登城。
IMGP2248_convert_20140605230447.jpg

途中、石垣が崩れかけているところもあり。
一部復旧中だった。
昔の人は着物と草鞋で上っていたのかと思うと頭が下がる。
でも緑がきれい。神秘的な世界^^

IMGP2251_convert_20140605230353.jpg
宇和島城天守閣。
現存する12の天守閣のうちのひとつ。藤堂高虎のころのつくりを残しているそうで。
古いつくりの天守閣らしく、中は木造の急階段。
スリッパで登るんだけどこれが滑って転びそうで怖い。
しかし、天守閣からは宇和島一帯に目が配らせられる地形を利用したいい城だった。
帰りに連れが受付の人にスリッパではなく、ほかの履物のほうがいいと提案していた
確か今治城ではクロックスだった気がする。

城廻りについて一考。
以前別の城に行ったときにとある御夫婦が木造の急階段を上りながら
「危ないじゃない、どうにかならないの」とブツブツいわれていたけど。。。

本来、天守閣ってそういうものなんだけど。
なんか論点が違うというか。。。
見やすい城なんて、観光用に作り直しているものだし。

あと、城ブームに乗っかって再建するのどうかと。
箱物って膨大な資金を使用するんだけど、それが回収できるのか、と。
それならもっと福祉関係に使ってほしい。

IMGP2250_convert_20140605230544.jpg

話がそれた。
伊達政宗の長子秀宗を始祖とする伊達宇和島藩。
秀宗にとって宇和島はどのような土地だったのだろうか。。。
奥州とも京都とも風土が違う宇和島での秀宗の生活に想いを馳せながら城を後にした。

そういえば、秀宗の母親は猫御前(秋吉久美子)だったな←大河ドラマ独眼竜正宗より
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テーマ : 城めぐり
ジャンル : 旅行

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